原武史『滝山コミューン 一九七四』(講談社)レビュー

本日のエピグラフ

 (…)「団塊の世代」に当たる片山とは異なり、三浦は集団主義の怖さを身をもって知っていた。/(…)もし三浦の世代がこのような戦時体制下の体験を片山の世代に正しく伝えることに成功していたら、「滝山コミューン」はなかったかもしれない。(…)(P224より)

滝山コミューン一九七四

滝山コミューン一九七四



 この著作の存在を知ったのは、講談社のウェブ上でだ。「僕は感動した。子供たちの裏切られた共和国だ!!」という高橋源一郎の推薦文と、「マンモス団地の小学校を舞台に静かに深く進行した戦後日本の大転換点。」の一文につづくレビュー。さらに著者の原武史といえば、『大正天皇』『鉄道ひとつばなし』などで知られる気鋭の日本近代政治史の研究者。ドキュメンタリー、と銘打っているのだけれども、とにもかくにも一体どういう“物語”か、像を結ぶようで、はっきりしない。否応無く興味をそそられる、という点で、PRの勝利か。――で、同じように思った方々が少なくなかったのか、刊行されるや、瞬く間に各紙誌の書評に採りあげられることになる。それらの書評はおおむね、集団主義教育の理念の実践家であった若手教師が、外界とは半ば隔絶され、その生活空間も均質性を保っていた新興マンモス団地という環境と、PTAの体制を刷新した団地住民(母親)たちの熱烈な支持のもと、ある小学校を掌握していく過程に、まさしく“個”を圧殺した全体主義的傾向を見る――という方向性で、これに付け加えることがあるとすれば、著者のいう「滝山コミューン」が臨界点に達する小学六年生の夏休みの林間学校の、その「キャンドルファイアー」のイベントに至るまでの過程が、実に緊張感を孕んだものであるということ――著者の紡ぐ<物語>が、しかしあまりにドラマティックであることに鼻白む向きもあるかもしれないが、つまるところ、それはこのコミューンの指導者たる教師が描いた綿密なシナリオを、子ども時代の著者が裏返して受け取った結果なのだろう。ドキュメンタリーらしく、事態を分節化して、かつ抑制した筆致であるにもかかわらず、その語り口からは、あまりにもイノセントな“抑圧”に対する“抵抗”、善悪や大義に還元されぬ単なる“抵抗”の切迫性が、溢れ出してしまう。このコミューンに「何の忠誠も果たしていない」のに「班長」という役に就いていただけで、それに応じた序列を与えられる。「民主的集団」なのに全員平等でなければならないのに、なぜ序列があるのか。「もし指名されるとすれば、自分は最後でなければならいはずだ――」。このあとも“抵抗”を続けてきた少年は、同級生(小学生!)に「自己批判」を要求されることになる。…………著者は、有名私立中学に無事(!)入学するが、それは均質性が保障された「滝山団地」から解放されるとともに、身も蓋もない階級社会に直面することを意味もしていた。一方、教育現場は八十年代に入ると、校内暴力、イジメ、登校拒否、そして九十年代には学級崩壊と、学校体制を根本から揺るがす諸問題に直面して、集団主義教育の理想は現実に追い越されることになる。――「民主的集団」とは、全員平等を目指す実践ではなく、逆に全員平等が達成されているからこそ、「民主的集団」の幻想が立ち上がってしまう、ということ。幻想を目標にした“実践”は空転しそうなものだが、「滝山コミューン」における“実践”は、PTAという絶好の共同制作者を得て、均質的な生活空間に構築された奇跡的な“虚構”だった――この“虚構”性を検討することこそ、喫緊の課題ではないか。地獄への道は善意で敷き詰められている。ある種の“善意”には、“虚構”や“幻想”が必要不可欠なのではないか。