福井健太『本格ミステリ鑑賞術』(東京創元社)レビュー

本格ミステリ鑑賞術 (キイ・ライブラリー)

本格ミステリ鑑賞術 (キイ・ライブラリー)



 思うに、一個のミステリ批評がある程度の達成をみせたうえで、そこから先の展開がなかなか臨めないのは、ミステリというジャンル内作品群における、家族的類似性の観点からの掘り下げが、まだ浅い所為ではないか。その軛となっているもののひとつにミステリの核心部への言及の自制があるのは確かだけれども、千街晶之巽昌章の著作などを別にすれば、ジャンル意識がアイロニーであることがどこまで認識されているか、その深度は問わざるを得ないような気がしている。本書の主眼は「鑑賞法の基礎」を提示することだが、図らずも「本格ミステリ」における家族的類似性を、テクストの深部において探求する著作となった。ノックスの「探偵小説十戒」というジョークも、ヴァン・ダインの「推理小説作法の二十則」という信条の表明も、先行する諸作品から抽出した要素を並べたものであることには違いない。諸物語は、どの“要素”を採用し不採用したかで、各物語間で“家族的類似”的な関係性を結ぶ。これはあくまでごく表面上のレベルのことだが、本書では各章で取り上げられた作品群が、それぞれの差異を閲されながら、作品制作におけるアプローチの共通性もしくは共有している意味性を抉り出す。知的刺激は、テクストの深部が、先行するどの諸作と関係性を取り結んでいるか、発見するところからやって来るのだ。