詠坂雄二『インサート・コイン(ズ)』(光文社)レビュー

インサート・コイン(ズ)

インサート・コイン(ズ)



 ノスタルジーとして甘い記憶とともに往年の名作ゲーム群が甦る――とは、一筋縄ではいかない。作者の作風が理由というより、ゲーム製作者としてではなく、ゲーム消費者としての時間が主題性を構成しているからだろう。仕事やスポーツや音楽をやっているときのような、いってみればビルドゥングスロマン的な“物語”の範型から逸脱するのだ。ここのところが、じつは隠れたテーマだろう。だからこそ、最後の話は重い。そしてこの話が一番最初に書かれたものであるわけだ。――そうして、作者はこの連作にオーバーラップさせるかたちで、“仕事”というもうひとつの主題性を提示するのである。心憎い。