鳥飼否宇『樹霊』(東京創元社)レビュー

本日のエピグラフ

 「(前略)この土地は誰のもの?」/「すべての生きとし生けるものの共有地かな。(後略)」(P249より)

樹霊 (ミステリ・フロンティア)

樹霊 (ミステリ・フロンティア)


 
ミステリアス9 
クロバット9 
サスペンス7 
アレゴリカル9 
インプレッション8 
トータル42  


 ホッブズにおける自然状態とは「万人の万人に対する闘争」。対して、ロックにおける自然状態とは「平和的共存」。ホッブズ的自然状態では当然のことながら、ロック的自然状態でも社会秩序は完全に維持されないから、共同体の“成員”は「社会契約」のもと、己の自然権を「国家」(「主権者」)に対して譲渡(放棄)して、社会秩序の安定をはかる――この「自然権」の根幹をなす一つに財産権もしくは所有権の思想がある。即ち、自分(=自己の所有する身体)の労働によって生み出されたモノに対する権利の正当性ということですね。つまり、自分が「自然」に働きかけて生産したものは、基本的にはこのオレのもの、ということなんですが、さて、この「自然」が、共同体の“成員”として、自らの立場を主張しはじめたら…………というお話。「アイヌ」というのがロック的自然状態をそのまま表象するとしても、「樹霊」たちが叛乱を起こしたら、コトは「万人の万人に」ならぬ「万霊の万霊に対する闘争」の状態に突入してしまう。「樹霊」たちが<主体>的印象を被っていることがミスディレクションとなるわけです。…………アナーキー本格路線を突っ走る作者の今後の展開に興味津々。