蒼井上鷹『九杯目には早すぎる』(双葉社ノベルズ)レビュー

九杯目には早すぎる (FUTABA・NOVELS)

九杯目には早すぎる (FUTABA・NOVELS)


 
ミステリアス8 
クロバット8 
サスペンス7 
アレゴリカル8 
インプレッション8 
トータル39  


 本書を通読してみて、いわゆる<奇妙な味>系の有力新人が現れたな、というのが一般的な感想ではないかと思う。「私はこうしてデビューした」とデビュー作「キリング・タイム」はギミックを十全に利かせて、ブラックな味わいで締めた佳作。特に後者は、居酒屋の凡庸な情景から秘められた悪意が露呈して主人公が二進も三進もいかなくなる情況に置かれるまでの展開は見事。「大松鮨の奇妙な客」も導入の“謎”から話が意想外に転がりだすのだけれど、これは利かせたギミックが、物語を上手く纏めていない憾みがあるところが、推協賞に至らなかった理由かも知れない。ここは、パーフェクト・ゲームで終わらすべきではなかったように思う。――この作者の持ち味は、ディスコミュニカティヴなキャラクターの描出にあるのではないか。「私は――」の狛江、「タン・バタン」の小野寺、「キリング・タイム」の黒住など、手前勝手にメッセージを解釈して、コミュニケーションを成立させようとする人間と、彼らに振り回される者たちの屈託が過不足無く描かれている。思わず身につまされるひとは多いだろうな。この美点を深く掘り下げれば、パトリシア・ハイスミスの名作群に匹敵する作品を物することも不可能ではないだろう。「私は――」に出てくる“相尾翔”とは、明らかにアーウィン・ショーのもじりで、だけれども、本作品集の収録作は、上記のように、ギミキィな辛辣さに溢れているけれども、「見えない線」に見られるような、ディスコミュニカティヴであるが故の苦い味は、優れたアーバンストーリーに垣間見られる良質なエレメントだ。こちらの方向での作品も期待したい。
  九つのグラスに注がれた酒には、滑稽に歪んだ情景が逆さに映る。――小泉喜美子なら、どのように味わうのだろう。