近藤史恵『サクリファイス』(新潮社)レビュー

本日のエピグラフ

 もう勝つことは怖くない。ぼくの勝利はぼくだけのものではない。その尊さを僕は知っている。(P245より)

サクリファイス

サクリファイス


 
ミステリアス8 
クロバット8 
サスペンス8 
アレゴリカル9 
インプレッション9 
トータル42  


 作者の新境地だけれども、むしろ優れた心理サスペンスの書き手が、その特質を十全に発揮して、特殊な価値観が醸成されている一競技のアスリートの内的世界の葛藤と逡巡を描き出したものとして、絶賛したい。即ち、単線的なビルドゥングスロマンではないということで、それはタイトルがまざまざと表象していることだ。エンタメ業界はいまスポーツ小説が大流行で、これはあきらかにネオリベ下のハイパー・メリトクラシーの影響があるわけで、作品自体にというより、その無自覚な賞賛に鼻白むことこの上ないけれども、本作はそれらとは一線を画す。読了したあとに、再び冒頭に置かれたモノローグに接すると、物語の陰影がいや増す。類書のなかでも、これほどある種の静謐さに支配されたものもないだろう。