山田正紀『白の協奏曲』(双葉社)レビュー

白の協奏曲(コンチェルト)

白の協奏曲(コンチェルト)



 
時代背景が出てる出てる。刊行前に、どこまで手直ししたかどうかわからないけれど、ナラティブのレベルで、どこかしら“時代”性が出てるように感じるのは、今現在これと同じ小説を書こうとすれば(時代を同じくしても)、半必然的に分量は多くなる。情報量の増大、というか消化すべきディテールの、一作あたりの濃度が高くなっているせいだけれども、社会の総オタク化とも関係はあるのだろうが、本作は七十年代ラディカリズムを通奏低音にしているのが、タイトかつスピーディな結構をもつのを可能にさせたといえるかもしれない。とすれば、この小説自体、“時代”の生々しい証言ともいえなくもないわけで、作者が嫌がったのは、この作品の<主体>の位置を、奪われていると思ったからかもしれない。