吾郷眞一『労働CSR入門』(講談社現代新書)レビュー

労働CSR入門 (講談社現代新書)

労働CSR入門 (講談社現代新書)



 
CSR=企業の社会的責任。この「労働」版、ということは、要するに労働(者)における人権問題、具体的には、児童労働、強制労働、または差別待遇などの人権侵害が企業活動においてないこと、を指す。…………さて、お立ち会い。この労働CSRの達成を認証している機構が、実は公的機関ではなく、あくまで民間の社会基準認証機構であり、その団体がある特定の国家――アメリカからの財政支援を受けているとしたら…………。ということで、グローバル化する「ソーシャルラベリング」の実態を活写しつつ、国際労働法制を解説する好著である。アメリカに本部を置く、民間認証機構SAIは、SA8000という「標準」をかざして、労働CSRにおけるソーシャルラベリングに勤しむが、それがいくら国際的な労働者の権利向上を目指そうとするものであっても、国際人権条約やILOの国際労働基準とは別に、このような行動がなされれば、「ILO条約の存在を脅かすことになりかねません」。ましてや、SA8000においては、ILO条約の条項をパクっている箇所があるならば、なおのこと。さらに著者は、この労働CSR問題とは、WTOにおける「社会条項論」=「隠れた保護主義」である、と指摘する。つまり、いわゆる「北」が「南」の人権その他もろもろの社会環境の遅れ、後進性をあげつらって、そのことが貿易上の制裁発動の要件となってしまう、ということである。*1それどころか、某スポーツグッズのメーカーが、外国で現地の関連企業に、労働CSRの美名の下、労働基準を実質的に設定してしまっているという事例さえあるのだ。ILO条約では使用者による組合の影響力行使は、当然禁止されている。著者は「労働法の側面でも多国籍企業が国際標準を設定しはじめることを意味します」と嘆じる。…………著者は労働CSRを、民間認証基準機構の手によるものから、政労使三者の合意をもとにした公的機構の手になるものへとするための提案を行うが、労働CSRアメリカ発のソフト・パワーの一環として数えられるのだろうか、とふと思った。

*1:たとえば、ILOは児童労働を全面的に禁止してはいない。ある社会環境下では、「労働」を禁じられた児童が、さらに危険で過酷な作業に従事させられる、要するに地下に潜ってしまう、ということが現実にあるからだ。社会環境の未達成それ自体が、ペナルティーになる不公正性もさることながら、このことによる損害額の算定も困難である。