川島博之『「食糧危機」をあおってはいけない』(文藝春秋)レビュー

「食糧危機」をあおってはいけない (Bunshun Paperbacks)

「食糧危機」をあおってはいけない (Bunshun Paperbacks)



 私自身は、「食糧危機」だなんだかんだとなんて騒がれても、結局のところテクノロジーが全て解決してくれる、と思っていたので、この本を読むときも自己認識の再チェック程度の意識しか持っていなかったのだけれども、いやーお見それしました、目からウロコでしたよ。「はじめに」で示されているとおり、単収が限界まで生産している地域は先進国の中のごく一部、世界の農地全体から見てもわずかにとどまり、大部分の農地は生産余力が十分すぎるほどあり、かつ世界全体では農業適地が大量にあり、就中、全世界における休耕地の割合は、全農地の二割に達している。テクノロジーで単収を上げなくても、農地はゴロゴロ余っているわけで、ではなぜ生産性を上げないのかというと、単純に需給バランスを鑑みた生産調整の結果である。本書で一章分割かれて言及されているとおり、世界人口が増えるから食糧供給が逼迫するのではなくて、「食べ物が供給されたからこそ、ここまで人口が増えた」のである。著者は、将来的な人口増の限界を、現在の六〇億人から見て、九〇億人ぐらいと推測しているが、新たな人口増を見込んでアグリビジネスがますます盛んになる、という見立てが妥当だろう。――ということで、巷の「食糧危機」説に、もう決定的にお別れを告げる必読書。とりわけ、「環境学者」レスター・ブラウンの胡散臭さが、やんわりと言及されているのが、読みどころのひとつである。著者は最後に、日本の農業政策は自由貿易に舵を取るか、保護主義を堅持するか、という問題に、後者に一定の理解を示す。これは、食糧自給率を上げるためではなく、「穀物の収獲量の増えた時代にあって、放っておけば、国全体の経済成長につれて、農家はどんどん周りの豊かさから置いていかれる立場」だから。しかし、著者は現行の日本の保護政策には批判的で、要するに「食糧安全保障」の思想が根底にあるから。そうではなくて、きちんと利益の出る作物、つまり日本人に好まれる作物に特化することが重要であると説く。