桐野夏生『IN』(集英社)レビュー

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 個人的には、作者の近年の最高作と言ってしまいたい。臆面もない“自由”の追求という主題を期待する向きには手ごたえがないかもしれないけれども、コトバに淫するしかない“小説”という芸術形式において、“自由”であるとはどういうことか、“作者”が、“小説”の中の諸人格たちが――「抹殺」する、というのが本作のキーワードだけれども、これが、コトバの根源的な行使と密接にかかわる概念であることはいうまでもない。私たちは、コトバを以て、“他者”を抹殺する=“他者”をコトバが表象できるかたちに刈り込んでしまう。しかし、「抹殺」された“他者”は、必然として、それらのコトバの集積から逃れていくだろう。ここに、虚実のあわいが主題化される根拠がある。コトバの集積から逃れていくものこそ、「無垢」なるものだ。本作の小説としての着地は完璧だろうと思われるが、作者のうちで“自由”なるものが、コトバでトレースできうるものか、という懐疑は芽生え始めているのかもしれない――いくらコトバを“自由”に操れるのだとしても。