末國善己『時代小説で読む日本史』(文藝春秋)レビュー

時代小説で読む日本史

時代小説で読む日本史



 時代小説プロパーでない者にとっては、とっつきやすいブックガイド風エッセーである。著者の目論見は明解で、同一の歴史上の人物や事件の描出が、各作家によって多様な位相を持つのだとしても、しかし執筆年代によってある種の傾向性や偏差が見られる、ゆえに執筆当時の「政治や経済、社会的なブームといった散文的で外面的な要素の影響を受けている」のではないか。日本史におけるヒーロー、ヒロインの「キャラクター」の変遷を、明治前史から始めて平成に至るまで閲して、「時代小説」という教養小説がどのような「最大公約数的な日本人の欲望や願望」を見据えてきたかを追跡する。そう、教養小説である以上、そこで見出される「欲望」とは、端的に“人間”でありたいという欲望である。戦後民主主義社会では一般大衆が玉座にいると揶揄されながらも、実際には状況に対して無力であるほかはなかった。群衆から“人間”への回帰をほのかに夢見る読者層が「時代小説」を支えるが、この意識が十九世紀的文芸手法の終焉を無限に遅延させる原動力でもあるのだろう。