中山元『正義論の名著』(ちくま新書)レビュー

正義論の名著 (ちくま新書)

正義論の名著 (ちくま新書)



 西洋哲学における「正義」の概念の変遷を、西洋哲学史における重要人物たちの考察を閲しながら概説する。古代ギリシアのポリスにおける秩序とその市民の「徳」の高さというプラトン的正義観は、アリストテレスで転轍され、「正義」は共同体における「善」を目指すという西洋的正義観の基礎が出来上がった。さらに、アクィナス、マキアヴェッリの政治観に、民主制、共和制の相対的優位性が強調されてくる。ここまでを社会契約論以前の中世までの正義論だとすると、社会契約論以後、即ち近代の正義論は、言うなれば、「所有権」とその相互譲渡=「契約」をめぐっての国家体制構築モデルの思索といえるだろう。社会契約説を批判したヒュームの理説は無論だが、ホッブススピノザ、ロック、ルソー、カントなどの間でも「自然状態」の想定などをめぐって根本的な差異があることを留意すべき。経済学の始祖スミスの社会分業論をそっくり受け継ぐかたちでヘーゲル法哲学を構想するが、その後マルクスは「国家」そのものを根底から批判するわけである。現代の正義論は、英語圏のロールジアン・インダストリーがどうしても主軸で、ハーバーマスの討議倫理にしてもロールズへの応答というかたちを取らざるをえないが、“市場”社会の現在的な状況において、“市場”の外部の「善」の複数性にいかに対処するかが、重要な論点になりそうである。