貫井徳郎『愚行録』(東京創元社)レビュー

本日のエピグラフ

 (前略)すごい身勝手ですよね。(中略)なんてひどい男かと誰でも思いますよ。でも何度も強調しているように、これは駆け引きなんです。(P80より)

 (前略)ただ無知で馬鹿だったからそうはなれなかったんだ。馬鹿は悲しいね。(P105より)

愚行録

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 貫井版『理由』。宮部みゆきの方では、惨劇が起きた“理由”ひいては犯人が凶行に及んだ“理由”、殺す“理由”が焦点だったが、本作は、殺される“理由”がそれにあたり、つまり宮部版を裏返した設定であるところがミソ。――主体(性)の分裂は、現在のミステリ作家ならば誰でも直面しなければならないテーマで、例えば綾辻行人はそれをゴシック空間のエレメントのひとつとして、折原一はニーリィ、バリンジャーをリスペクトしつつ、巧みにファースのなかに織り込んでいる。貫井も、『慟哭』『プリズム』といった諸作を出すまでもなく、このテーマで様々なドラマを紡いできたが、本作の場合、被害者夫婦のイメージが、最後まで単一明瞭な“像”を結ばない(ここのところの手付きは、小池真理子の名作『懐かしい骨』を想起させた)。これは、彼らがある種の打算で動いていた、というより、どうにも乖離的な印象を受けてしまうのだ。……だけれども、このような彼らの道程が、読者に、感触として確かに残すのが、紛う方なきエゴイストのそれである。そして、インタビューイたちもまた、程度の差はあれ、乖離的なエゴイストという印象をもたらすのである。…………ということで、惨劇の犯人について、それこそ“乖離的”な像を思い浮かべたんですが……たはは。