荻原浩『押入れのちよ』(新潮社)レビュー

本日のエピグラフ

 かわいそうに。幽霊になってまで幸薄いなんて。(「押入れのちよ」P112より)

押入れのちよ

押入れのちよ


 
ミステリアス8 
クロバット8 
サスペンス8 
アレゴリカル9 
インプレッション9 
トータル42  


 たとえば斉藤美奈子あたりが今回の直木賞選考なんかを受けて、選考委員の傾向やら嗜好やらが“社会派”になっているからとかなんとか言って、自社本(作)独占状態をしょーがないじゃんとかシレっというわけですよ(と不正確な引用)。でさ、もー、あからさまにネラった小説を、それこそ無冠のビッグネームも書くわけじゃんか。わかるけどさ。でもさ、“直木賞小説”というジャンル、ちゅうかそうとしか呼びようもない小説が、多少の後ろめたさなしに肯定的に書かれるのは、うーん…………三島・山本両賞も存在感はあるけれども、なかば前哨戦状態だしねえ…………だけれども、ここはまあ野次馬的に、“直木賞小説”というネラったワク内のなかで、それでもそれに回収されない作者の感性というか意地というか抵抗というか、あるいはそれに身をやつした戦略というか面妖さというか云うなれば作家的ギミックを、愛でて撫でてて慈しんで、作家的パフォーマンスのワビサビを愉しむべきなのか。“純粋テレビ”ならぬ“純粋文学賞”もしくは“純粋文壇”的意識。とほほ。
 …………で、もうすでに山本賞をゲットした荻原浩は、その作風なり作家的資質は、“直木賞小説”作家(……)に求められるものとある程度重なっているのだけれども、荻原にとってそれに回収されない部分とは、(小説的な意味においての)ギミックもしくはプロットにおけるツイストの技量の確かさや、前作『ママの狙撃銃』や本作品集の表題作(会話が秀逸)や「殺意のレシピ」「介護の鬼」「予期せぬ訪問者」などに見られるブラックユーモアのセンスだろうと思う。というか、それを言う前に、この人は物語に起伏をつけて、読者を知らないうちにノセるのがとっても巧い。エンタメ作家としては、現在最高の実力を持っているでしょう。であるから、ワタクシにとって、この人がどんな作品で直木賞をとるのか、選考委員(社内予選を含めて)の判断が興味深いのであります。――と同時に、荻原版『あなたに似た人』『ナポレオン狂』が読みたい読みたい。