新世紀「謎」倶楽部・制作『EDS  緊急推理解決院』(光文社カッパノベルス)レビュー

本日のエピグラフ

 一人の超人的探偵にすべてを任せずに、(中略)事件解決の効率化を狙う。それがこの《緊急推理解決院》のビジネスモデルだ。(P401より)

EDS緊急推理解決院 (カッパノベルス)

EDS緊急推理解決院 (カッパノベルス)


 
ミステリアス8 
クロバット9 
サスペンス8 
アレゴリカル8 
インプレッション9 
トータル42  


 前作『堕天使殺人事件』より、早6年。新本格のルーキーたちが集って仕上げたリレー長編とは趣向を違え、本作は、各作家の短編が、いわゆるグランドホテル方式を彷彿とさせる構成に再編成されており、それが、スリルとサスペンスを醸成させているのは間違いない。プロデューサーの二階堂黎人の手腕を讃えるべきだろう。広げた大風呂敷が最終的にバカミス、というより爆裂ミステリの境地に達した感のある前作とくらべて、口当たりがよいのは、別に反省したからということでもあるまい(笑)。――本書のコンセプトは『ER』のパロディであるように、この機構は病院を擬態している。持ち込まれた案件は、適切な部署へまわされ処理されるわけだが、例えば「不可能推理科」と「歴史推理科」のそれぞれの対象にまたがる案件が出てきたときには、それぞれのセクションが合同で対処することになるのだろう。が、基本的には各セクションとも独立(そして不可侵)の権限が与えられていると思われる。このことが、ある奸計に利用されるのだが、<名探偵>が“知”の職業人という意味で<大学>における研究者と類比できるなら、要は丸山眞男のいう知の「タコツボ」化がここに表象されているわけだ。私たちは<名探偵>を想定するとき、ある意味で、“知”のトリックスターたるパフォーマンスを期待するのだが、これが「タコツボ」化とは対極にあることはいうまでもない――より正確に言えば、“市井”の存在の彼らであれば、パフォーマティヴな振る舞いを期待できるかも知れない。とするならば、この院内において、最も<名探偵>たるパフォーマティヴな可能性を有するポジションにいるのは、各セクションの上位に位置する「院長」ということになるだろう。ところが、「院長」は“事務屋”と罵られてしまう。そして、彼は最後まで脅かされる破目となるのだ。<名探偵>というポジションの空位。これは、<名探偵>という存在が司法権力の補完物に留まるものでなく、その超越的立場を表すものだと捉えたいのだが、彼が現実的な脅威が排除されたのかどうか、決定不可能の状態に追い込まれているのは、端的にメタレベルのポジショニングの失効を暗喩しているのに他ならず、“事務屋”の上に、後期クイーンや法月の煩悶が、不気味に回帰してくるのである。