水生大海『少女たちの羅針盤』(原書房)レビュー

少女たちの羅針盤

少女たちの羅針盤



 

(…)
「なぁにその十六歳の冬って」(…)
「十七歳の夏に対抗してみました。一生に一回しかない青春ってことで」
「二十の春も、四十の秋も、六十の冬も、一生に一回しかないよ?」
(…)
(P40より)

 「二十の春も、四十の秋も、六十の冬」も、「一生に一回」しかないということでは、等価である。では、なぜ、ティーンエイジにおける「一生に一回」が、それから上の世代のそれと区別され、特別に見えるのだろう。
 本作のメインのモチーフは、この問いに対する回答である、といっていいのではないか。
 “本格ミステリ”ではめずらしく、読者はこの物語の前半で、良質な青春小説としてのカタルシスを得る。この感動は、本作の小説としての手ごたえを読み手に感じさせるとともに、作者の確かな力量を確信させるものだろう。そして、このあと、青春小説としてのこの物語は急転直下、破局へ向かって突き進むが、換言すれば、作者が青春小説としてのこの物語を、探偵小説へと転調させる。これまで断章として描かれていた、ある“悪意”の存在の正体が、興味の中心となる。
 この“悪意”はなぜ裁かれなくてはならないか? ――読み手にとっては、もうすでに明白なことである。
 それは即ち、誰の手によっても、「羅針盤」をこわす権利はないということ――「羅針盤」をこわす者、そのような“悪意”の存在は、本編中に様々なキャラクターとして変奏されているが、それが、自己の身体性というものにまで及んでいるところが、特筆するべき点ではないかと思われる。
 ……と、堅苦しく記してきましたが、成長小説の主題をサスペンスに無理なく絡ませた佳作で、幅広い読者層に十分訴求する作品だと思います。選者の島田氏が期待されているように、間をおかず二作目、三作目を発表されることを待望したいと思います。