- 作者: ロバート・スキデルスキー,山岡洋一
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2010/01/21
- メディア: 単行本
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「経済学を理解する歴史家」による、資本主義メルトダウン状況に下される大裁定。「すべてのリスクは適切に値付けされうる」と慢心してきた新古典派・新ケインズ派に振り下ろされるスレッジハンマーは、「不確実性」をめぐるケインズの現実認識の正当性だ。ケインズは1921年の著書『蓋然性論』のなかで、基数的蓋然性*1、序数的蓋然性*2、未知の蓋然性*3の三つの蓋然性を検討している。このうち現在いわれる「リスク」に該当するのが基数的蓋然性で、つまり蓋然性には「リスク」の外部にあるものが存在するということだ。この「リスク」の外部にある蓋然性に直面した場合、ある選択の決定を「気まぐれ」に行うのが合理的であるという事態が出来する*4。このとき、実際には「気まぐれ」の部分に慣行や経験則、言い伝えなどに従うことが代入されるが、要するに、個々人における将来の予想に対する「確信」の度合いが、決定的に重要になってくる。――しかし、市場原理信奉者は、蓋然性全体を「リスク」管理、あの正規分布の曲線に還元してしまった。現在の「百年に一度」の金融危機に際して、某大手の幹部は10の140乗年に一度しか起こりえない値動きが連日起きている、という意味内容のことを語った*5。…………投機家であり、またムーアゆずりの倫理学者の素質をもったケインズの経済思想の特質を析出した本書の最大の読みどころは、ケインズの半生を追った中盤よりも、やはり後半第三部にある。「良い生活」と資本主義のモラルを問うたケインズの思想は、保守主義思想家バークとハイエクとの同一性と差異を閲すことにより、一層明確になる。要するに、「不確実性」がもたらす惨事を克服するには、社会全体に分散された「暗黙」知の総体よりも遥かに劣る政府が、その事態を収拾もしくは予防できる唯一の存在であるということだ。財政政策を打てるために財政黒字を理想としたケインズと、小さな政府を志向しながら金持ち減税を行い膨大な財政赤字を残したサプライサイダーたち。ケインズからみれば、まさに美徳なき時代といったところだろう。