近藤史恵『エデン』(新潮社)レビュー

エデン

エデン



 作者のある意味でクールな文体が、スポーツ小説としての格を一段上げているのは間違いない。というか、はっきりと、大人の小説なのだ。スポーツ小説が往々にして成長小説の形態(性質ではなく)をとるのは、要するに“体育”の思想の延長線上に、少なくともわが国の運動競技が根を下ろしてしまっている証左だ。イノセントな競技者が、スポーツ業界の泥臭い部分とどう対峙し乗り越えていくか、大きくいえばそういう説話論的アプローチに呪縛される。本作がその定型を脱しているのは、主人公が前作の事件を深く噛みしめているという事情がはっきりあるのだが、あきらかに無垢な競技者という人物造型とは一線を画している。クライマックスである欺瞞の告白があるが、そのような欲望や感情にかかわる負の因子の集積を含めて、この“世界”は在る。作者が「エデン」というコトバにこめたのは、競技に淫していればすべてが浄化されるという軽薄さでは、決してないはずだ。