江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』(朝日新聞出版)レビュー

ヤモリ、カエル、シジミチョウ

ヤモリ、カエル、シジミチョウ



 作者の筆致は、まさに大家というに相応しい、悠々たるもの。ある種の繊細さは、社会通念で満たされた世界との差異的感覚そのものを表していて、居心地がよく、かつ緊張感に満ちた、知的な小説空間を、満喫させてくれる。欲望のかたちがひとつでない、その乱反射が、悲劇とも喜劇ともつかぬ、もっと言えば物語というものにも捉えられぬ、しかし“出来事”というには個々の切断線が埋もれていってしまうような、何かカタルシスを時間性の赴くところへと逃れさせていくような感覚が、小説の膂力を担保している。だから、単純に、子供らのイノセンスの発露が、関係性のエントロピーと小説構造的につり合い、安定させていると見ることはできないのである。