2007年上半期本格ミステリベスト5

 ああ、気づけばもう梅雨入りしておるではないですか。2007年度上半期(2006年11月〜2007年4月)の〆からずいぶん経ってしもた。またまた、読み残しが多々あれど、という恒例のエクスキューズを付すことになりますが、ワタクシメの私的ベスト5を開陳する次第でございます。…………今期は、もっと(点数的な意味で)、パンチの効いたものが出ても良かったように思う。パンチっすよ、パンチ

螺鈿迷宮

螺鈿迷宮



第1位:『螺鈿迷宮』海堂尊
 これは<本格>か? と問われれば、原理主義的な立場からは微妙なところでしょう。だけれども、いまノリにノッている人だし、医学ミステリを伝奇ミステリの如く仕立てあげるシニカルな才気は、おおいに讃えられるべきです。なぜ現役医師がこのような優れたスリラーを物すことができるのか、と問うよりもむしろ、このような一流のスリラー作家がなぜこんなにも医学界の現状を知悉しているのか、と問うべきだ。
片眼の猿 One‐eyed monkeys

片眼の猿 One‐eyed monkeys



第2位:『片眼の猿』道尾秀介
 この作者のことに言及する際にキーになるのは、やっぱりナラティヴの意識ということになるのだろうな。一度読まれた方、とにかく“伏線”に留意して再読してみて下さい。登場人物たちが、どのような“生”を営んでいるのか。小説の表現において、具体的な“生活”の細部を、このようなかたちで描き出した例は、ほとんどないだろう。
首無の如き祟るもの (ミステリー・リーグ)

首無の如き祟るもの (ミステリー・リーグ)



第3位:『首無の如き祟るもの』三津田信三
 各紙誌で絶賛されているのは極めて妥当なことです。ただ残念なのは、それらの書評の少なくない数がフライングもしくはアンフェアなこと(笑)。『厭魅』から続く一連の作品は、探偵小説的技巧とメタ“物語”的意識について、作者が周到かつ緻密に思考をめぐらせているのには、敬意を表せざるを得ない。
密室殺人ゲーム王手飛車取り (講談社ノベルス)

密室殺人ゲーム王手飛車取り (講談社ノベルス)



第4位:『密室殺人ゲーム王手飛車取り』歌野晶午
アンチ“劇場型犯罪”もしくはポスト“劇場型犯罪”の類型を作り上げて、不気味なインパクトを残す野心作。<本格>における“前衛”は、やはり歌野作品にある。
赤朽葉家の伝説

赤朽葉家の伝説



第5位:『赤朽葉家の伝説』桜庭一樹
 まずは推協賞、おめでとうございます。三世代にわたる伝記小説的構成が、スリーピング・マーダーテーマの構成を倒置したものであることに、改めて注意を喚起したい(だから、孫の代の主人公が、先世代の“物語”を、“史実”の記述を導入することによって“時系列”的な意識を充分に強調しながら、物語るというように設定されているのだ)。
九月の恋と出会うまで

九月の恋と出会うまで



番外:『九月の恋と出会うまで』松尾由美
 SFプロパーの反応はちょっと鈍いみたいだけれども、哲学的主題を一篇の恋愛小説としてカジュアルなかたちに仕上げたのは、賞賛されるべき。結末で泣けるのは、<世界>をめぐる実存的問題の深層にまで、小説の射程が伸長しているからだ。