河野哲也『暴走する脳科学』(光文社新書)レビュー

暴走する脳科学 (光文社新書)

暴走する脳科学 (光文社新書)



 アフォーダンス理論からのバイオエシックスを追求する倫理学者が、脳科学の万能化に警鐘を鳴らす。脳科学の進展は、必然的に「心」を物理的・生理的に把捉する研究へと行きつく。こういった脳研究の応用は、教育とセキュリティ方面に活かされようとする傾向があるが、著者は、このような脳還元主義的風潮に釘を刺し、「心」を脳だけでなく、その身体とそれを取り巻く環境との、一体のシステムとして捉える、「拡張した心」という概念を強調する。要するに、(人体からの)外部環境との循環的・再帰的な生体活動こそ、われわれが「心」と呼んでいるものであるのだ。そして、この「拡張した心」の本質的な働きこそ、知覚し認識する、ということなのだ。これなくして、環境に適応し、またそれに働きかけるということはできない。脳という臓器の可塑性という事実は、この見方を補強するものだが、このことはまた、本質的な自由とは、環境との循環的・再帰的な関係性を通じて、自分の判断・行動のみならず、それまでの自己の選好や価値観をも変えさせること、即ち「自由とは、自分を教育し成長させることに存する」という著者の主張を説得的にしているだろう。社会的問題を、個人の内面の問題に還元するいわゆる「心理主義」的傾向と、現在の脳科学の応用面での接近を危惧する著者の意識を、私たちも共有するべきだろう。