吉田修一『悪人』(朝日新聞社)レビュー

悪人

悪人


 
 ドキュメントタッチの犯罪小説の結構をもっていても、作者らしい文体の持ち味は健在。事件当事者だけなく、その周辺の人間たちの肖像に筆を費やしても、物語的な必然性がある。タイトルは、カポーティ『冷血』に対抗したようでもある。「悪人」とは誰か。そう名指される人間のことであり、それを受け入れた人間のことだ。ひとりの「悪人」が生まれるまで、しかしその者が「悪人」となるまでに彼に係わった者たちを通して、ひとつの“事件”がどう収束するか、あるいは収束しそこなうか、視線を低回させるように、描破する。