朝倉かすみ『田村はまだか』(光文社)レビュー

田村はまだか

田村はまだか



 「田村を待ちながら」ではなく、「田村はまだか」。登場人物たちは、“過去”がいったいどんな寓意が孕まれたことであったか、自問している。そして、この自問に区切りをつけたいのだ。「田村はまだか」。しかし、この自問には、ピリオドがない。ないことこそ、人生だと言わんとするがごとく、物語は大団円を迎える。この物語にも「明日」という言葉が出てくるが、これは永遠に到来しないことの象徴としてではなく、むしろ、到来することの必然を示している。「明日」が来れば、「話」も出来るようになるだろう。「明日」が来れば、いかようにも意識は変わる。この意味で、人生は永遠に未決である。