恩田陸『きのうの世界』(講談社)レビュー

きのうの世界

きのうの世界



 恩田流のアンチ・ミステリとして愉しんだ。作者ほど、ミステリアスなものに対して、センシティブな感性を有している書き手はいないだろう。作者のビブリオグラフィにわざわざあたらなくても、納得されると思うけれども、本作では、提出された“謎”が、おそらくは拡散する方向の力学が、プロット構成やナラティブの次元で働いている。はっきりいってしまえば、ベタなミステリ的なカタルシスは、得られない。「町」の秘密は、物語の焦点になるべき存在であったけれども、サプライズを残しながらもなぜか後景に退いた印象がある。この物語は、“世界”からの視線から、我々が“謎”と呼びとどめているものを、フラットに眺めた感じがする作品である。読後には、一編の“小説”に確かに接したという充実感がそこに残る。