ティム・ワイナー『CIA秘録 上・下』(文藝春秋)レビュー

CIA秘録上

CIA秘録上

CIA秘録 下

CIA秘録 下


 
 原題は、最終章の副題でもある「灰の遺産」。“ashes”には、灰、のほかに、残骸という意味もある。訳者(編集部?)の言葉を借りれば、「どうにもならないガラクタ」である。第二次世界大戦後、OSSを引き継ぎ発足したCIAの、虚栄と虚業の半世紀の謀略史。なぜ、秘密工作に邁進したかは「陰謀をたくらむのは面白い」、敵の情報を収集・分析するより、謀略を成功させることで得られる栄誉が魅力だったからだ。で、工作の多くは失敗した。ソ連は、最終的に際限ない軍拡競争により経済が疲弊し衰退していくが、CIAは敵のイメージに固執するあまり、この現実を把握しそこねたのだった。冷戦後、敵を失ったこの組織は、9・11テロという決定的破滅に直面することになる。…………さて、対日関係でいえば、上巻第12章で記される自民党への秘密献金――もっともこの前段で、有末精三や児玉誉士夫にカモられたというオマケがつくが、岸信介を最初のカウンターパートとして、これが一九七〇年代まで続く。冷戦後は、貿易摩擦下の日米通商交渉で、経済スパイとして暗躍もとい貿易当局者にいつも随伴して、日本政府内部に「浸透」させた人脈と国家安全保障局の電子盗聴グループから得た情報と、その分析を、当時の通商代表カンターに伝えた。旧通産省と外務省の対立から、「盗聴の恐れのない」外務省の電話を通産官僚は使わなかった――なんとなれば、「同僚の外交官に盗聴させないためだった」。これに橋本龍太郎と当時外相だった河野洋平の対立も絡む。――で、その結果アメリカが交渉で得た果実は、「たいして見栄えのしない合意」だった。十余年経た今日のビッグ3を見ての通り(下巻第46章)。当時のアメリ財務省、通商代表部、商務省は、経済スパイたるCIAから「あふれんばかりの情報」を受け取っていたが、彼らは口をそろえて「量に釣り合う質に欠ける」と言ったんだとさ。要するに、公開されている経済データや情報と、その分析に、プラスアルファで寄与することはなかったのである。