大沢在昌『欧亜純白 ユーラシアホワイト I ・II 』 (集英社)レビュー

欧亜純白 1 ユーラシアホワイト

欧亜純白 1 ユーラシアホワイト

欧亜純白 2 ユーラシアホワイト

欧亜純白 2 ユーラシアホワイト



 冷戦秩序の崩壊とともにマフィアが台頭するロシア、香港返還・マカオ返還に伴い資本主義化する中国、そして彼らを牽制しつつ冷戦時代の諸工作の後遺症に悩むアメリカ――組織犯罪の大変容に戸惑う日本を舞台に、「ユーラシアホワイト」を牛耳ろうとする「ホワイトタイガー」をめぐり、国境を越えた邪悪な欲望が交錯し、巨大麻薬シンジケートの誕生に楔を打ち込むべく、謀略と抗争の渦中に潜入する捜査官ふたり――雑誌連載から十年ぶりに刊行された本作は、911前夜の物語でもあるけれども、911以後かつ資本主義のダッチロール状態にある世界で、リアリティを獲得していると思えるのは、社会総体としての流動的不安定さと、そのような情況でも確固として存在するある種の欲望のかたちと、さらに経済的覇権を確かにする中国、そしてアメリカのさらなる没落に象徴される国際的な権力配置の流動化、それらの絡み合いの原型が、先の読めぬサスペンスを通じて、読者に強烈に示されているからだ。ここにおいて「犯罪」とは、人間社会を内部から突き崩しても、己の利己心、復讐心、虚栄心を満足させ、悪の秩序を打ち立てても構わぬとする、空虚なニヒリズムのことであるだろう。登場人物たちの交わす議論に切実な深度がある。