貫井徳郎『新月譚』(文藝春秋)レビュー

新月譚

新月譚



 ビルドゥングスロマンのリアリティは、その人物の体験を通しての内的変容が、人格形成に資するに足るものであるかどうかに、その賭け金がある。ということを考えれば、本作は、実は反ビルドゥングスロマンであったのではないか、という気がしてくる。整形手術や小説家的パーソナリティの獲得などの外的変容と、ラブアフェアーの末に筆を折るまでの紆余曲折は、教養小説的基盤の不存在ゆえの悲劇と捉えられなくもない。共感を呼ぶのは、プレステージの獲得が、魂の救済の担保に何らならないことに象徴される空虚性だろう。作者が、思い切って筆を進めたのがわかる。