島田荘司『溺れる人魚』(原書房)レビュー

本日のエピグラフ

 遺伝子工学の領域は、まだ不明なことだらけなんだ。この先、何が起こるかなんて誰にも解らないよ(「耳の光る児」P244より)

溺れる人魚

溺れる人魚


 
ミステリアス9 
クロバット8 
サスペンス7 
アレゴリカル9 
インプレッション7 
トータル40  

 
 島田荘司のスタンスは変わっていない。少なくとも、『本格ミステリー宣言』の頃からは。要するに、「“謎”を創出せよ」ということで、この“謎”が超常識的なものであれば、“謎”が解明されたときのカタルシス(あるいはサプライズ)が保証される、と説く。先般の『21世紀本格』にしても、最先端科学を用いて謎”を解明する、のではなくて、これを使って“謎”を創出せよと慫慂している。――島田が自身の理論に未だに忠実なのは本作品集を見ても明らかだけれども、“謎”がサイエンスの領域にすべて還元されてしまって、“探偵小説”のあの手触り、逆説と奇異に満ち満ちたアクロバティックな論理と奇矯な動機が小説空間に介在する余地がなくなってしまうというのが、「本格ミステリー」の直面する困難さである(“最先端科学”こそ逆説の塊なのかもしれないが)。…………もっとも、島田自身、理論の忠実な実践者ではあるが、実は“謎”をすべてサイエンスの領域に押し込んでいるわけではない。集中の「耳の光る児」はミッシング・リングテーマだが、その解明にユーラシア大陸における帝国と民族の興亡盛衰の歴史がクローズアップされる。「人魚兵器」ではマッドサイエンスの傷痕が思わぬかたちで発現するわけだが、作者の興味は科学的因果関係というものよりかは、やはり文明論・文化論にあるのだろう。