折原一『行方不明者』(文藝春秋)レビュー

行方不明者

行方不明者


 
ミステリアス7 
クロバット7 
サスペンス7 
アレゴリカル6 
インプレッション7 
トータル34  


 あ、ここにも<巫女>さんが出てくる。――『誘拐者』や『沈黙の教室』以降、「雑報」マインド横溢のスリラーを紡ぎ続けて、余人の達するところない境地にある作者。<人間>というものの描出においての、その独特のつづめ方は、叙述トリックの要請するところに還元できないのは明らかだ。言ってみれば、存在の耐えられない軽薄さに対する愛と悪意、というか。…………週刊誌やTVワイドショー(無論、大新聞も含む)などの大衆メディアが、大衆の物語的欲望を見計らって、「報道」の名の下に現実を加工=仮構する手口と、探偵小説が“まるで見てきたかのように”解説する<名探偵>の正当性を、「近代小説」的特権を担保として作者が保証することは、春日直樹ミステリィは誘う』で触れられているように<殺人>が(それに匹敵する「事件」が)近代社会におけるスキャンダルであるということを軸にすれば、両者は対称を描く。そして、折原一の創作手法である、様々なドキュメントを集積させて物語を展開させていくという方法論は、これを巧妙にトレースしている。――例えば、前作『グッド・バイ 叔父殺人事件』の物語の冒頭、集団自殺を追うライターのモチベーションが、「現代社会の病巣を浮き彫りにしようと考えていた。」としか書かれていないが、このような超紋切り型を、タマゴの殻を背負った新人がしたためようものなら凡庸な評論家の餌食になること必定であるし、生半なベテランだったらボンクラな批評家に引導を渡されること必至だろう。しかし、折原一があまりにも通俗的クリシェで物語の幕を上げようとするとき、スレた観客たちは作者の仕掛けるトラップに掛かるまいと思わず身構えてしまうのは、私ごときがいまさら言うまでもないだろう。これから上演されるミステリオペラのコンダクターの指揮棒は、インタビュアーマイクの形をしている。…………<本格>的興味から言えば、『グッド・バイ 叔父殺人事件』のほうが上だけれども、「雑報」的いかがわしさにみちた折原ワールドを存分に堪能できる。――是非、『冤罪者』のような特大ホームランをもう一度かっ飛ばして欲しい。