皆川博子『伯林蝋人形館』(文藝春秋)レビュー

本日のエピグラフ

 あなたは、すべての物語を書き終え、自殺の特権を得たが、行使することはないと、僕は思います。(中略)生に過剰な期待を持たないから、たとえ世界が自殺しても、あなたは、生き残る。(P336より)

伯林蝋人形館

伯林蝋人形館


 
ミステリアス9 
クロバット9 
サスペンス9 
アレゴリカル9 
インプレッション9 
トータル45  


 “文明”が「野蛮」に帰結し、否、“文明”が「野蛮」として開花し、ホロコーストという果実を生む、その肥沃な“大地”となった、ナチス政権誕生前夜の、彼の国。近代民主主義の儚い道程は潰え、革命と叛乱の胎動と、頽落と爛熟の瘴気が都を被う。小説の名匠たる作者は、未だ衰えぬその流麗な文章で、堅牢な物語空間を構築していく一方で、テクスト内部に“虚”と“実”の亀裂をいれていくのにも抜かりはない。この亀裂こそ、「非同一的なもの」ではあるけれども、「たとえ世界が自殺しても」生き残る<作者>は、「非同一的なもの」と言い留めることができるのか。「自由の国とは、名ばかり」の「文化産業」国家にて、画一化の圧力にさらされても、この“亀裂”の感触は記憶のうちに甦ることができるだろうか。