貫井徳郎『空白の叫び 上・下』(小学館)レビュー

本日のエピグラフ

 (前略)彼が何をし、そしてなんの報いで命を落とすことになったのか、全部わかっている。でも、ぼくはそれをあなたに語らない。(中略)彼は自分の人生に、あなたのような人を巻き込むべきではなかった。(下巻P572より)

空白の叫び 上

空白の叫び 上


 
ミステリアス7 
クロバット8 
サスペンス9 
アレゴリカル9 
インプレッション9 
トータル42  


 ミステリ作家のデビュー作でオールタイム・ベストを選定するとしたら、私は貫井の『慟哭』を躊躇なく上位に挙げる。この作品が、高村薫文藝春秋公認の「国民作家」となる契機となった直木賞受賞作『マークスの山』と同年に刊行されたことが、貫井の作家的ポジションを半ば必然的に決めたのではないか、と思っている。この年の『このミス』で、小山正が「アンチ警察小説」として『慟哭』を劈頭に挙げているが、高村がこれ以降、あからさまなまでに教養小説的な、若しくはドストエフスキー的な物語空間を構築してきたのを見れば、貫井が<本格>シーンにコミットしているのが、これに“アンチ”を突きつけたかたちになっている、というかそのように見えてしまう(貫井にはそのような意図は無いだろうけれども)。『神のふたつの貌』のようなテーマを描くときに、高村ならば当然に別アプローチを採るだろうけれども、果たしてどちらの方が、主題の深部に迫りうるか、という問題でもある。…………この物語は、貫井版『罪と罰』。贖罪の方法なら、二つに一つ。即ち、死か、生きて恥をさらすか。結論がわかっているがゆえに、展開の物語的説得力と、結末において、先行作と比してどれだけアドバンテージを示せるか、が重要になってくる。私は、十分にハードルをクリアしていると思う。特に、結末は、ドストエフスキーに対する強烈なアンチテーゼではないだろうか。