恩田陸『木漏れ日に泳ぐ魚』(中央公論新社)レビュー

本日のエピグラフ

 ふと、彼に発した疑問が自分に跳ね返ってくるのを感じた。/あなた、誰かを愛したことがある?(P238より)

木洩れ日に泳ぐ魚

木洩れ日に泳ぐ魚


 
ミステリアス8 
クロバット9 
サスペンス8 
アレゴリカル8 
インプレッション8 
トータル41  


 佐野洋いうところの「対決物」のシチュエーションは、作者の得意とするところでもある。しかし、純粋な論理ゲームを追求する、というよりは、作者の場合は、どちらが対手と比して“自由”な地位を手に入れることができるか、の闘争といったニュアンスが濃くなるような感じがする。主人と奴隷の弁証法から決定的に逸脱するのは、<労働>にあたる部分が、<演技>に取って替わられるからかもしれない。ある種のシニシズムは、アイロニカルな振る舞いの原動力になる。ロマン主義的な“愛”を根拠付けるのは、まさに自分がそれを実践しているという事実性である。そして、それは自己を過剰に物語化するのだ。本作は、論理ゲームが、当事者の<演技>を根拠付ける礎を掘り崩し、決して拭えぬシニシズムを顕在化させる結構をもった小説だけれども、それでも、未遂の“物語”に対しては、ありうべき“結末”を志向せざるを得ないのだ。