柄刀一『時を巡る肖像』(実業之日本社)レビュー

本日のエピグラフ

 鳥が歌うように 私は絵を描く……/(中略)/鳥が歌うのは、たぶん、それが宿命だからだ。(「モネの赤い睡蓮」P187より)

時を巡る肖像

時を巡る肖像


 
ミステリアス9 
クロバット9 
サスペンス8 
アレゴリカル9 
インプレッション10 
トータル45  


 前にも若干触れたけれども、作者は、トリックメーカーとしての資質と小説家としてのそれを、どうにも二律背反的に表出させてしまっているきらいがあると思う。トリックのメカニズムが込み入るときほど、小説技巧は洗練させてほしいが、その点作者は愚直というべきだろうか。南美希風シリーズの『fの魔弾』はトリックがシンプルな分、小説としての展開に厚みがあった。龍之介シリーズには、“小説”の面白さを期待するのは、お門違いなのかも。――で、本書を紐解くときも内心身構えたのだけれども、杞憂でした。大変に好感を持った。心理ミステリ的展開を基調として、仕掛けられるギミックは小説世界を逆撫でするほどの自己主張をしていない。「モネの赤い睡蓮」はフーダニットのオーソドクシーを示す出来映え、「デューラーの瞳」は奇想系アクロバシーを馴れた手付きで読者に饗する。北森鴻『深淵のガランス』の主人公ほどアクは強くないが、本書の主人公のほうが“職人”に徹しているからか。