海堂尊『螺鈿迷宮』(角川書店)レビュー

本日のエピグラフ

 「いいか、医学生、決して忘れてはいけないぞ。医学とはな、屍肉を喰らって生き永らえてきた、クソッタレの学問なんだ、ということを」(P243より)

螺鈿迷宮

螺鈿迷宮


 
ミステリアス9 
クロバット10 
サスペンス9 
アレゴリカル10 
インプレッション10 
トータル48  


 2006ミステリ年度末に出された『ナイチンゲールの沈黙』は、小説の上手さを堪能できる快作だけれどもあくまで前哨戦、本命はこっち。これは文句なしの力作で、2007ミステリ年度初っ端の収穫。現代ミステリとして読み応えあり、ダメ医学生の一人称にしたのも奏功してリーダビリティは申し分なく、クライマックスでは大乱歩的スペクタクルも用意してサービスも十分。版元を宝島社より違えているので、『このミス』上位は充分ねらえるだろう。…………終末期医療と“制度”をめぐって織り成される陰謀と闘争。イリイチは「医原病」として、臨床的、社会的、文化的の三類型を挙げているが、あとのふたつは“医療”がシステム化する際に、医師と患者が相互依存的に「病気」(=“医療”が要求する価値観)を再生産していく機制を析出したもの。この延長線上に安楽死尊厳死という問題性が浮上するのだけれども、“医療”というシステム自体がこれを要求した場合、そこに拡がる荒野はユートピアなのかディストピアなのか。「死のポルノグラフィー」、隠蔽され逼塞する“死”の技術化を象徴するエバーミングも作中に埋め込めれ、“死”をめぐるトピックの散りばめ方、そのテーマの輻輳のさせ方は、軽快な筆致にかかわらず、周到を極めている。