芝健介『ホロコースト』(中公新書)レビュー

ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書)

ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書)


 
 いや、やっぱり、重い。もう、「まえがき」を読んだだけで、眩暈がしてくる。ユダヤ人追放政策が、ナチス・ドイツの拡大政策の当然の帰結として対処するユダヤ人の数が増大することに耐え切れず、ゲットーへの隔離、ソ連侵攻時の大量射殺、そしてガス室による大量殺戮へと、変貌する。ゲットー内の劣悪な衛生・栄養環境により、「労働動員不能」の状態のユダヤ人が増加するのを見かねて、「即効的手段で片づけるのが最も人間的な解決である」、「とにかく餓死させるがままにしておくより素早く片づけるほうが好まし」いという書簡が交わされる――ちなみに、この手紙の宛先は、あのアードルフ・アイヒマンである。…………歴史学分野におけるホロコースト研究は、ヒトラー個人のイデオロギーを重視する「意図派」と、ナチ体制総体としてのユダヤ人政策の紆余曲折が「最終解決」を最終的に大量殺戮というかたちに帰着させたとする「機能派」「構造派」に見解が分かれているが、ラウル・ヒルバーグの言う「絶滅機構」、絶滅政策を「行政」の仕事として処理させるメカニズムにより、ナチス官僚と普通の国民の間を分かつ、イデオロギー的な敷居は低くなる。果たして、文明は野蛮に帰結したのか、それとも野蛮が文明の衣を身にまとったのか。いずれにせよ、近代の終幕にして二〇世紀という時代の中核に埋め込まれた暗渠であることには違いない。