樋口有介『刑事さん、さようなら』(中央公論新社)レビュー

刑事さん、さようなら

刑事さん、さようなら



 タイトルは、「警官にさよならを言う方法はいまだに発見されていない」という名文に、明らかに対応しているだろう。端的な事実として、法治=市民社会の内部にいるかぎり、警官とサヨナラできる方途はない。その警官が不法な行いを犯しているとしても――。誰が、警官に「さようなら」と言えるのか。作者はこれまでにも、ある種の“善意”=イノセントの持つ不気味さを描いてきたが、本作ではそのパーソナリティを、日本社会の周縁に位置づけられた者に交錯させて、法-外な人物像を造出した。「刑事さん、さようなら」とは、公的なるものとの切断の意識が、私的なるものに殉ずることに屈託を覚えない精神に担保されたときに綻んで出る、長いお別れの挨拶であり、この者から見える社会(的なるもの)の姿は、法的・権力的な関係性が、個々人の感情と信義則に還元されている世界なのだろう。