島田荘司『光る鶴』(光文社文庫)レビュー

光る鶴 吉敷竹史シリーズ16 (光文社文庫)

光る鶴 吉敷竹史シリーズ16 (光文社文庫)


 
ミステリアス6 
クロバット7 
サスペンス7 
アレゴリカル7 
インプレッション7 
トータル34  


 「吉敷竹史、十八歳の肖像」で、吉敷が刑事を志す切っ掛けが宮沢賢治の詩片「雨ニモ負ケズ」にあったことが描かれる。宮沢賢治が「国柱会」、日蓮主義ファシズムに同伴したことはよく知られているが、結果的には国粋主義とは一線を画した。おそらくは、賢治の詩人性がファシズムに回収されなかった、ということだろう。――本作では、左翼学生の内ゲバ殺人の顛末を扱うが、早い話が『村の家』的な説話論的構造が、ここでも反復する。そして、吉敷も実家の直面する困難に絡め取られることになる。吉敷が(そして作者も)嫌悪するファシズムは、国粋とも封建的ともいう枠では括れぬ、ある種の習俗性に大衆社会の暴力性が合成された鵺のような存在だ。これと戦うには、この怪物を総体として俯瞰する立位置が必要だろう。私見ではあるが、賢治の「雨ニモ負ケズ」は、全てを俯瞰できる超越的な位置(地位)への願望を綴ったものであるように思える。これを吉敷の行動倫理として繋げたくなるが、果たして、賢治のこの表明が、日蓮主義とどの程度の懸隔があるのかないのか、判断はつかない。…………表題作は、“アリバイ崩し”で登場した吉敷が、(刑事小説的リアリズムをもって)現場不在証明のために駆け回る、実に逆説的な物語として読める。で、この“逆説”をどう捉えるか。たとえば、コナリーのハリー・ボッシュのように刑事を辞めたほうが、吉敷の行動にも説得力が担保できるだろうが、それはどうなのか。と、いろいろ考えた。新宿鮫シリーズとは、また違った問い。