連城三紀彦『処刑までの十章』 (光文社)レビュー

処刑までの十章

処刑までの十章



 遺作長編。飽くなき逆転劇の追求は、“他者”なるもののドラマティックな演出、つまりこの逃れ行くことを本質とする位格に、どう光を当てるか、性愛や憎悪、献身や裏切り、そして合理と非合理、条理と不条理は、作者の賭け金であって、その作家としての資本的蓄積は、余人は遥かに及ばない。本作もそうだが、晩期の作風は、物語の輻輳のさせ方が、どのラインが主筋なのか、判然とさせない方向へと、より深度を増して展開していったように思える。人によっては、否、大多数の読者にとっては、小説の勘所が分からなかっただろう。要するに、“他者”の他者性に光を当てるとは、こういうことなのだ、と言うしかない。真実、真相を、それ、というふうに提示しても、なおそこに薄い影が差す、ということ。もし、このことを技法の円熟と捉えるならば、それはスノビズムの彼方の地平を、私たちは感受しているということなのである。