鈴木謙介『サブカル・ニッポンの新自由主義』(ちくま新書)レビュー



 今、時代のモードは紛れもなく新自由主義批判だけれども、だからといって、いわゆる「既得権(益)批判」が下火になったわけではない。お前のパイをこっちによこせ、という怨嗟の声は、主として世代間対立のかたちをとって、現在という時代の伏流水となっている。20世紀末からの「情報化社会」の進展が、「既得権批判」というロジックを必然としてしまう構造を暴き、「宿命」化する「新自由主義」のオルタナティブを探る。はっきりいえば、著者の示す処方箋も、「新自由主義」的現在を補完するものといえなくもないと思う。“市場”における“競争”が酷薄なのは、まさに文字通りの生殺与奪の権をそれが握っているからだ。この点においては、社会学的解決は、所得再分配セーフティネット構築などの経済学的解決に到底敵わない。ましてや、「サブカル」というパースペクティブが、そのまま解決策を導き出せるというのは、無理がある、と思う。おそらくは、著者の隠れた問題設定に、ある種のアジールの構築と探究があるからではないか。――これとは別に、所々誤植が見受けられるのは残念。