筒井康隆『銀齢の果て』(新潮社)レビュー

銀齢の果て

銀齢の果て


 
ミステリアス6 
クロバット7 
サスペンス9 
アレゴリカル9 
インプレッション8 
トータル39  


 この作品が、『バトル・ロワイアル』(的傾向の結構を持つエンタメ作品)のパロディとして成立している真の所以は、サヴァイヴァーが、苛烈なゲーム空間に殉死した者たちの、いわば“霊”を背負うがごとくに、あるいは読者のカタルシスを担保するべく、その身に物語空間内の悲劇性のエレメントが集約され投射されるのに対して、この作品のサヴァイヴァーが、生き残ってしまったことそれ自体に、無意味性が刻印されていることだろう。『BR』系の物語の“意味性”が、ゲーム空間の設定者の規範的権力に対するルサンチマンに還元され、それは同時に、世界の不条理性に対する違和の表明に他ならない(なぜ『BR』系の物語の世界が不条理なのかは、生‐権力が己自身を否定すべく行使されるからだ)。本作では、佳境で権力への反逆が用意され、このことは、“意味性”が臨界にまで達したことを意味するが、この蜂起のあと、サヴァイヴァー自身が、彼がそうであることの“意味性”から、鋭く切断されているのだ。…………ただ、個人的に一番気に入っているキャラは、説教しながら命乞いをする教父サンで、実は彼こそがこのゲーム空間の、ひいては『BR』系の物語に対する根底的批判者になり得る存在であるように思う。この人をダイ・ハード的扱いにして欲しかったなあ、と。――しかし、筒井は、彼独特の枯淡の境地を探っているように感じられ、それがとっても面白いんだけれども。