奥田英朗『無理』(文藝春秋)レビュー

無理

無理



 作者は、ストーリーに頼っていないと、この小説のことをいう。果たして、小説が、“現実”を凝縮して、現在的状況を、端的なニュースの集積から、透視させているのかどうか、取材事実をつなげてひとつの“物語”を剔出するノンフィクションのもつリアリティにそれが対抗しえているのかどうかは、この点にかかっているわけで、本作が「現在的状況」を読み手に目撃させているとすれば、それは個々の事件のバラエティというよりは、そのそれぞれの不幸を、ひとしく共有することの不可能性ということではないか。要するに、個々の登場人物に、同情できるかできないか。そしてこれは、群像劇が、上質の悲喜劇としても読めるかどうかの勘所でもあるのだろう。